隠れ鬼

この角を曲がれば
もうすぐに

重みの含まれた手桶の水は
歩くたびにぐらりと揺れた
傾いた片方の肩を引き上げ
持ち手を握り直す
柄杓の柄に水が湿潤していく
感触がわかる

ふと呼び止められて
鬼は何処にと尋ねられる

隠すことはできそうになかった

あの角を曲がれば
もうすでに
黒蝶は美しく
追われるものとなって

おなじ答えを持っていると
確信するときのみ
あの角を曲がりきる
そのときまで
死をおもうことも
生をおもうことも
隠すことなど何も

並ぶ墓石の意識を繋ぐように
蜘蛛の巣が空のあいだに架かっていた
遠く青い夏はまだ駆け抜けてはいない

あなたも鬼の角を持って
舞っているのでしょうか

おなじ処に辿り着かなくとも
あの角を曲がりきれば
いずれはおなじ処にいると
確信しているからこそ
なお願う
隠すことなど何も

一掬の水を蜘蛛の巣に掛ける
きらきらと光の重みを纏って
円網は一気に切れた
蜘蛛は急に美しく
追われるものとなって
墓石の角を曲がっていった

断ち切ってはいけなかったのかもしれない
らしきものを
断ち切らなければいけなかったのかもしれない
らしきものを
断ち切ったのだと

並ぶ墓石の意識はみえないまま
互いに離れて揺れる蜘蛛の糸に
遠く青い空はまだ駆け抜けてはいない

墓石にもういちど水の光を刻印する
それはかなり重いのだ
きらきらと光る
たくさんの集合体は
ほんとうに重かったのだ

鬼の所在をまだ明かすことはできません

黒蝶は墓石のあいだを
いとも簡単に駆け抜けていった
美しく捕らわれる覚悟など

あの角を曲がり
空の手桶を片手に帰る
KotohaMatsuo
  • KotohaMatsuo
  • ことばの港はみえない港。
    日常のさまざまな風景に
    錨を降ろし
    船をやすめ
    柔らかな風を感じる
    穏やかなひととき

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