無音の庭のなかに

広島県詩集 第34集(2024年版)出版されました。

今回は『詩人を見舞う』にて参加いたしました。

広島県内の詩人の綴るアンソロジーを

是非お手に取っていただけましたら嬉しく思います。

      『詩人を見舞う』  Kotoha Matsuo          

庭の姫林檎の枝をお渡ししたの

互いの姿を知らないままに
詩人を見舞う

まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき*

手渡された礼状は
微かな林檎の香を纏って
清らかな風の小道を潜り抜けた

いつしか無音の庭に
姫林檎は花と実を繰り返し

半世紀前の詩人からの
初恋をつぎの娘に手渡して

まだ姿の見えないあなたの産声を
庭の姫林檎のもとで聴いていたの

いつしか娘は母となり
無音の庭にひとり佇み
姫林檎の香を風に残して

庭は花と実を繰り返し
互いの姿を知らない
つぎの旅人たちのために

*島崎藤村「初恋」より


ご夫君のお見舞いにと、庭の姫林檎をお渡ししたら

藤村の詩の一節をお礼状にとさらりと書いてお返しくださったのよ。

庭の姫林檎は時を経て

私と母の心の裡にしか息づいていないのだけれど。

懐かしい姫林檎の咲く庭を互いに確かめ合った日に。1973 to 2023

KotohaMatsuo
  • KotohaMatsuo
  • ことばの港はみえない港。
    日常のさまざまな風景に
    錨を降ろし
    船をやすめ
    柔らかな風を感じる
    穏やかなひととき

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