曼珠沙華
09/17/2021(金)
11/05/2022(土)
曼殊沙華が咲いている 蠟燭に火が灯る 稲穂の傍らのあかい畦道は 人間に理由のない停止を求め 真の人間となる 言葉を諳んじることができるかと問うていた
はつ宮まいりから口を鎖して、 ふたつまで言葉は出なかった。 お寺のえんであそぶようになり、 しぜんと赤いほんを諳んじた。 むっつになってまなびはじめると、 諳んじていた言葉は消えてしまった。 でなかった言葉はつぎつぎとふえて、 はたちになるころお寺によばれた。 赤いほんにふれると口は震えたが、 諳んじていた詞は消え落ちていた。 もどれぬ風にふかれて心はすさび、 ふたたび口を鎖して手を見つめた。 すべてをひきずり帰り道をさがした。 とおくからお寺の鐘とお宮の太鼓が、 心を鎖してはならぬと震えていた。
鐘がひとつ、太鼓がふたつ、心の奥で震えていた あかく、ながい道は 決して人間に理由のない停止を求めない 美しい葬列がまっすぐに畦道を帰って行った 『曼殊沙華』より一部 (詩集『ひとつのりんご』収録)